OBORO LOCAL PROJECT

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骨董・古道具の世界「古道具坂田と武相荘」


「古道具坂田と白洲正子」

日本には優れた工芸品や古道具を見つけ出し、日本や世界にその価値や美的感性の基準を提案してきた先人達がいます。

そんな先人達の中でも、ひと際独自の美的基準を追い求め続けた2人の先駆者をご紹介します。美術館や記念館といった形でその方たちの選んだ作品や住まい方を実際に見ることもできますので、是非足を運んでみて下さい。

東京古道具の伝説的なお店:古道具坂田

まずは、「古道具坂田」についてご紹介します。目白にあるこの古道具店は、40年以上の歴史を持ち、随筆家の白洲正子や美術家の村上隆など、数々の著名人が顧客として訪れています。現在では閉店してしまいましたが、店主である坂田氏の独自の選択眼はいまなお多くの古民具や骨董好きを惹きつけています。 坂田氏は、自身が感じる物の価値を大切にし、一般的な骨董品の価値観とは異なる視点で商品を選んでいます。その選択眼は、彼が子供の頃から持っていた独自の感覚から生まれたもので、それは彼が商社勤務を経て1973年に古道具店を開店するきっかけともなりました。

 

著者写真:museum as it is 内観

 

坂田氏の活動は、既存の価値観に安易に迎合せず、常に伝統を刷新し続けるという姿勢が見て取れます。その姿勢は、利休や柳宗悦、青山二郎、白洲正子といった、歴代の目利きの系譜に連なるものと言えるでしょう。1994年には千葉県長生郡に「museum as it is」という私設美術館を開くなど、坂田氏の活動は多岐にわたります。中村好子氏が設計した「Museum as it is」は土壁のや千両簾垣(裂いた竹で編んだ簾)等自然素材や周辺風景と連続する朽ちていくデザインと、世紀のスペインの古い扉が合わせて建具として使われているなど、自然素材と調和するような独特の温かみのある空間となっています。

 

著者写真:museum as it is 千両簾垣とポスト

 

白洲正子と骨董品

次に日本の文学・骨董の世界において非常に重要な役割を果たした白洲正子氏をご紹介します。

戦後早くより骨董界で著名な小林秀雄、青山二郎と親交を結び、文学、骨董の世界に踏み込みます。二人の友情に割り込み、骨董の世界をより極めるために、3度の胃潰瘍になりながらも飲めない酒を覚えるなど、パワフルな女性です。その後、銀座に染色工芸の店「こうげい」を営み、そこから著名な織士や染色家の田島隆夫、古澤万千子ら多くの作家が育ちます。戦後の日本の工芸シーンにおいて、自身が持つ選択眼により非常に重要な役割を果たしました。

 

著者写真:遊び心のある臼を活用した郵便物入れ

そんな白洲夫婦が居住していたかやぶき屋根の住居「武相荘」が東京郊外の町田に存在します。

太平洋戦争開戦二年ほど前から、東京の郊外に田圃と畑のついた農家を購入し、生涯をかけて修復し自身の成長や変化に合わせた住まい方を実行しております。

現在は白洲正子氏が収集した世界中のガラスや布、陶磁器等の骨董品が展示されており、かやぶき屋根の日本建築と合わせて日本的な美徳を空間丸ごと体験することができます。

筆者写真:日本的な淡い光と野花

 

今ではどこでもモノ/コトを享受できる時代ではありますが、日本に古来からある美的感性や住まい方を学ぶことで自分たちの生活を豊かにするヒントがあると考えます。我々は日本古来の美的感性に繋がるまち/建築/工芸/食の発信に加え、手工芸品を中心としたセレクトショップを展開しています。気になる方はセレクトショップの方も是非ご確認ください。

OBORO セレクトショップリンク

 

参考文献

 

MUSEUM as it is | 新建築データ (shinkenchiku.online)

SHIFT 日本語版 | HAPPENING | 「古道具その行き先-坂田和實の40年-」展 (jp.org)

旧白洲邸 武相荘 Buaiso

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日本に根付いた文化、精神、技。現代を生きるヒントとなる禅の教え。日出る神秘の国で今も受け継がれるモノ・コトとは?

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